2019/5/31 金曜日

幸 せ の 意 義

Filed under: ブログ — admin @ 15:36:54

              愛媛県更生保護会施設長 松田辰夫
 平成の時代が終わり,令和の時代を迎えて,世間一般が新天皇陛下御即位の国家的慶事等で賑わっている一方で,凄惨な交通犯罪等が発生するなどしていたある日,当更生保護会の一人の寮生(被保護者)が近くのスーパーの店舗内で大金の入っている財布を拾って,サービスカンターに届けていたところ,その翌日に,落とし主から感謝の言葉と御礼の金品が贈られたという出来事がありました。
 彼(40歳代)は,決していわゆる「出来の良い」寮生ではありませんでした。性格や物の考え方に偏りが著しく,対人関係が良くないばかりか,酒は飲むし,門限は守らないなどの問題行動も多く見受けられましたが,しかし,根っからの「不良」でないことは分かっていました。
 ところで,平成の時代がどのような時代であったかについて,各方面の有識者などが種々様々な論評を行っていますが,その一つに「大規模な自然災害」が多数発生した時代であったことが挙げられています。例えば,東日本大震災,熊本地震,西日本豪雨等が発生し,想像を絶する甚大な被害をもたらしたことは記憶に新しいところですが,古くは,雲仙・普賢岳の噴火や阪神・淡路大震災の発生なども思い起こされます。これらの天災事変によって多数の死傷者を出し,大切な人命や財産などが失われたほか,思い出の人々と品々とともに,楽しかった日々の記憶が奪い去られ,その後も深い悲しみを抱かせられ,悩まされている被災者等が多数存在することは,今日なお,新聞,テレビ等で報道がなされているとおりです。
 大切な人や物を失った悲しみ,亡くした痛みは,当事者に癒し難い長い苦しみを与え,いくら年月が経過したからと言って容易には人の心の中から消え去ることはないのでしょう。しかし,失った物,亡くした物が戻ってきたらどうでしょうか。もし,そうなれば,その人が失意のどん底から歓喜の絶頂へと一変するであろうことは,容易に想像されるところでありましょう。
 そう。失った物,亡くした物が戻って来ることがあるのです。前記の彼が届けていた財布が,落とし主の元に戻って来たのです。その時の落とし主の喜びは,いかばかりのことであったでしょう。大金のほかに,クレジットカードや保険証などが入っていたばかりでなく,強い絶望感に陥っていた気持ちが一気に回復したのですから,その喜びたるや,想像してあまりあるものがあります。
 このように,彼は,自分の不当な利益や偽りの喜びよりも,失った人の,亡くした人の喜びや幸せを何よりも優先したのです。拾った財布をねこばばしないで,サービスカウンターに届出をし,落とし主が見つかってその元に戻され,落とし主にひたすら喜んでもらうことに,自分の「幸せの意義」を見出そうとしたのでした。
 その後,彼は,寮則違反で処分されて不自由な寮生活を送っていましたが,それでも規則正しい生活をし,毎日仕事に行き,門限を守るなどしていました。そして,私が当直勤務をしていたある日,仕事から帰って来るや,「お帰りなさい。」と言って出迎えた私に,「施設長,これを職員の皆さんで食べてください。この前の御礼でもらったお金で買ってきました。」と言って,江崎グリコの「パピコ」1箱(ラクトアイス及び氷菓10本入り)を差し出しました。しかしながら,私が,「寮内規則で,こうした物を受け取ることができません。悪いけど返します。」と申し出たところ,「そんなことを言わないで,受け取ってください。施設長や職員さんのお陰で,僕は,徐々に立ち直っているのですから,・・・・・・。」と言い,「どうしてもだめなら,預かっていてください。」と言って,受付窓口のカウンターに置くようにして,自室のある3階へ上がって行きました。
 私は,階段を上がって行く彼の後ろ姿を見送りながら,彼が先の落とし主に感じようとしたと同じように,恐らく私たち職員に自分の「幸せの意義」(すなわち,他の人に喜んでもらうことが自分の幸せになること。)を感じようとしているのだろうと思うと,寮内規則に従って,無下に断ることができませんでした。
 このように,私は,こうした寮生たちとともに,この雄郡寮(愛媛県更生保護会の通称)で生活をし,仕事をしていることを,様々な苦労があるものの,大変うれしく,幸せに感じています。
 しかしその後,残念なことに,彼は,またもや寮内で酒を飲んだのでした。あれほど戒めていた寮内規則を破って,・・・・・・。たかが「規則」と見る向きもありますが,されど「規則」です。寮内規則を守らずしてはその自立更生を期することはあり得ないと言っても過言ではありません。もとより,人間の深層の心理の複雑的,多様的であるのは当然で,彼に,変わろうとして変わり切れない何かがあったことは疑いないところですが,私は,今もって「更生の難しさ」を感じながら,日々更生保護の仕事をしています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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