2018/10/31 水曜日

司法修習生の感想文

Filed under: ブログ — admin @ 11:28:26

             愛媛県更生保護会施設長 松田辰夫
 今回は,本年7月18日(水)に司法修習生4人による施設見学がなされた後,4人から提出された感想文を,松山地方検察庁の了承を得て掲載させていただきます。
 ところで,去る8月7日(火)掲載の本BLOG「司法修習生の感想文」において,私は,「この度の施設見学が,彼ら(司法修習生の意)の更生保護についての関心を高め,刑事司法の分野の総仕上げとも言うべき最後の段階である更生保護の重要性及び必要性についての理解を深めるために何程かの寄与をなし得たとすれば,望外の幸いです。」と書きました。この「刑事司法の分野の総仕上げとも言うべき最後の段階である更生保護」の意味するところについて,以下,私の考えを更に詳しく説明します。
 刑事司法の基本的な構成が,警察,検察,裁判,矯正及び更生保護の各分野,あるいは,各段階から成っていることは,御承知のとおりですが,こうした構成の中で,各機関がそれぞれの役割を十全に遂行することによって,犯罪や非行のない「安全で安心して暮らせる社会の実現に寄与する」(再犯の防止等の推進に関する法律(平成28年法律第104号)第1条)ということは,とりも直さず,各機関がそれぞれ刑事司法の一翼を担いつつ,刑事司法の目的を達成するために,犯罪者・非行少年の犯罪・非行から自立更生へと,段階的に,それぞれが五つの役割を果たしている刑事司法制度の一環としてとらえることができます。現代の刑事司法の実際は,このような段階の思潮を基礎とした運用が図られています。その意味で,刑事司法の最終段階において,再犯・再非行の防止等の役割を担っている更生保護が,その役割を果たし,刑務所出所者や少年院出院者等が自らの罪を真摯に反省し,これを償い,更生を遂げるよう援助することはもとより,それらの者が犯罪や非行に至った原因や問題を解決し,これを克服して健全な社会人として再出発させるよう援助し,それによって,新たな犯罪や非行の発生を予防し,犯罪被害者を生まない安全・安心な社会を作ることが,更生保護の役割(任務)であってみれば,更生保護は,犯罪者や非行少年の立ち直りを完成させる,正に「刑事司法の分野の総仕上げ」というにふさわしいものでありましょう。
 顧みますと,私は,前職の41年間に及ぶ刑務官の時代の,その若き日に,好んで幾つかの言葉を愛唱していましたが,その一つに,「ホルツエンドルフは、「処刑は唯だ形式のみ、之に意義を与ふるものは行刑即ち是れなり」“Der Urteil der Strafe ist nur die Form,der Vollzng giebt den Inholt” Holtzendorffと謂ふて居る。(中略)刑法及び裁判の運命は、一に係って監獄制度の適否如何にありとも謂い得らるるのである。」(小河滋次郞著「監獄法講義」による。)というのがありましたが,その頃の私は,この言葉をよりどころとして,受刑者の改善更生及び社会復帰を図ることに,その職業の価値と自分の人生の意義を見い出していました。そして,現在はこの言葉を少しアレンジし,愛媛県更生保護会の施設長として,「処刑は唯だ形式のみ、之に意義を与ふるものは更生保護即ち是れなり」,「刑法及び裁判の運命は、一に係って更生保護制度の適否如何にありとも謂い得らるるのである。」と自負し,標ぼうしている次第です。
 なお,以下の感想文中の「雄郡寮」は,愛媛県更生保護会の通称であることを申し添えます。

 

   更生保護施設を見学して
                 第71期司法修習生 S
 私たちは,松田辰夫施設長の案内により,更生保護施設“雄郡寮”を見学させていただいた。
 まず,施設長のお話を伺った。再犯を防止するために何ができるのか,それを話す施設長の顔はとても生き生きとしていた。罪を犯した者の更生には,①居場所,②出番に加え,③自己肯定感を高めることが必要であるとの考えを聞いた。なるほど,私には自己肯定感という着眼点はなかったが,傍聴した事件を振り返ると,何か自分の人生を悲観しているような,半ば諦めているような被告人は少なくなかったように感じる。
 次に,施設の中を見学させていただいた。雄郡寮は,木の温かみを感じる建物であった。見学の途中,職員の方や食事を給仕する女性とすれ違い,挨拶をした。また,施設長と楽しそうに話す入寮者の姿を見た。人の温かみを感じた。そうか,これが施設長の考える居場所ということなのだろう。帰る場所,帰りたい場所があることの安心感は,何事にも代えられないということを考えさせられた。
 刑事裁判において,被告人に科せられる刑が言い渡される。検察や裁判所,多くの被害者は,裁判が終われば被告人と関わることはほとんどない。
 しかし,被告人も,社会の構成員の1人である。懲役刑を言い渡され,刑務所へ入ることとなっても,いずれは刑務所から出所し,私たちと同じ社会で生活していかなければならない。「犯罪者」に対して厳しい目が向けられる現代の世の中において,犯罪や非行をした人たちとの再出発は簡単でない。そのような人たちを一定期間保護し,円滑な社会復帰を助けて再犯を防止する役割を担うのが,更生保護施設である。
 そして,そのような施設を活用し,運用していくためには,更生保護に向けて取り組む職員やそれを受け入れる地域社会が必要である。住宅街の中に溶け込んだ雄郡寮は,松田施設長をはじめとする熱意ある職員の方々とともに,これからも安全で安心の社会を実現していくのだと確信した。

   更生保護施設と地域の融和
                 第71期司法修習生 T
 一般に更生保護施設とはどのような場所というイメージがあるだろうか。
 私は,刑務所と同じようにどこかひっそりと山奥に佇んでいるようなイメージを抱いていた。
 しかし,雄郡寮は住宅街の真ん中にそびえ立っていた。建物の外観だけを見れば公民館かと通り過ぎてしまうほどに周囲に溶け込んでいた。この雄郡寮の外観はまさに,施設長の地域との融和の思いを示しているように思えた。
 「居場所(住居)と出番(仕事)を与えるだけでは更生には不十分。自己肯定感を与えることが更生には必要。」だという施設長のお話が特に印象に残っている。
 社会からの孤立は再犯の原因である。地域住民の方に受け入れられているということが入寮者の自信に繋がり,今後の生活において周囲の人に溶け込むことに積極的になることで,社会からの孤立を防ぐことができる。入寮者が自己肯定感を得るための取り組みとして,雄郡寮では地域行事への参加や奉仕作業など,地域住民の方との交流を図る機会も多く設けられていた。
 このような地域に根ざした更生保護の取り組みは,更生には必要なものではあるものの,地域住民の方の理解と協力がなければ実現が難しいものである。
 雄郡寮で地域の方との交流を図る取り組みができているのも,地域住民の方の協力があってこそのものであると感じ,更生保護制度における社会の理解,協力の重要性を再認識した。
 また,雄郡寮には障害を持った入寮者もいる。障害を持った入寮者に対しては,1人1人と強みを引き出せるようにその入寮者の個性に応じた取り組みをしているというお話を施設長から伺った。
 1人1人の個性,性質に応じた処遇を限られた人材の中で実行することは難しいことであるが,雄郡寮では1人1人の個性,性質を踏まえた上で,その人が今後社会で更生していくために真に何が必要かという点を考え,職員の皆さんが真剣に入寮者の更生に取り組んでいることを今回の見学を通じて感じた。

   更生保護施設を見学して
                 第71期司法修習生 U
 司法の道を志してから司法試験に合格するまでは,勉学が中心の日々であり,実務に携わる人々が何をしているのか,どのような人々が関わっているのかを具体的にイメージする機会になかなか恵まれなかった。更生保護施設を見学する前は,その文字からして,更生保護施設に入る人は何らかの犯罪行為を行った人であり,施設内の様子についても刑務所と同じような暗いイメージを抱いていた。しかし,実際に見学してみると,更生保護施設自体の構造が刑務所とは異なり明るく開放的なものであり,刑務所ほど厳格な監視体制もなかったことに加え,職員の方々が,更生保護対象者に対して,①居場所,②出番,③自己肯定感(生きがい)を生み出すために努力している様子を目の当たりにし,前向きで明るいイメージに変わった。
 実際に寮内を見学している際に,ある入寮者の部屋も見学させていただいたが,その部屋で暮らす男性は,刑務所の独房で過ごしていた者たちと違い,表情も穏やかで,職員の方とも気さくに話していた。また,私達修習生に対する警戒心も感じられなかった。入寮時はどのような状態であったのかは知るよしもないが,更生保護施設という環境があって彼が今の状態に至ったことを想像すると,職員の方々の取り組みは素晴らしいと感じた。私達修習生は,将来法曹三者のいずれかになるが,主に関わる仕事は「事件の処理」であり,依頼者のその後の人生に歩み寄ることは基本的にはない。しかし,法曹として,依頼者にもその後の人生があることを踏まえて,依頼者の人生をより良い方向に導くためのきっかけを与えることを意識していきたいと考えた。今後も専門家としての知見を深めることはもちろんのこと,法曹が人々に対して貢献できることが何かという大前提を常に忘れてはならないということを,改めて実感させられる非常に良い機会となった。

   雄郡寮を見学して
                 第71期司法修習生 H
 刑務所を出ても寄る辺のない人はどうするかというと,雄郡寮などの更生保護施設に入所する。日中は協力雇用主などの下で働き,寮に帰って食事や入浴を済ませると,また明日に備えてぐっすり眠るという生活だ。しかも,寮の食事はスタッフの手作りである。見学にお邪魔すると,ちょうど酢豚が出来上がったところだった。垂涎三尺。
 ところで,暑いこの夏のまだ初め頃,裁判所の執行官に同行したことがあった。家賃を滞納して契約を解除されたのに部屋を出ていかない住人を追い出し,強制的に部屋の明渡しをさせるというので,一緒に連れていってもらったのだ。執行官の手配した業者が部屋に残された荷物を運び出す中,住人だった男は,小さなバッグを手に,犬を連れて出て行った。男が頼れる先は,市役所のホームレス支援の部署ぐらいだろう。一人と一匹は,今頃どうしているのだろうか。
 でもそうなると,家賃滞納で部屋を追い出されるよりも,刑務所から出てきた方が,何だかお得に見える。刑務所から出ると,世間の風当たりが強いから,再犯防止のためにも,より厚く保護しなければならないということかもしれない。
 ただそうだとすると,今度は,雄郡寮などの更生保護施設が,その看板を掲げていることが気にかかる。看板を掲げず,そっと市井に紛れ込んだ方が,入所者がスムーズに社会復帰できそうだからである。
 そこで考えてみたのが,お遍路のことだ。
 お遍路には,菅笠と白衣,そして金剛杖というお約束のスタイルがある。そして,このスタイルで巡礼すると,お接待を受けやすい。お遍路には,様々な事情を抱えた人がいて,中には,贖罪を目的とする者もいるはずだが,そういうことは関係なく受け入れてもらえる。弘法大師の霊跡をたどって困難を乗り越えようとしているお遍路を接待することで,接待する側が功徳を積むという考え方らしい。更生保護施設も,その看板を掲げることで,入所者が社会復帰や再犯防止に向けて困難を乗り越えようとしていることを宣言し,より支援されやすい環境を整えていると言えそうだ。
 それに,入所者は,居心地が良いからといって,いつまでも寮に残ることはできないはずで,現れては去っていく身として,お遍路とよく似ている。そういう固定化されない関係の方が,損得勘定抜きの支援が得られやすいように思う。
 思い付きだけのこじつけだが,御海容願いたい。

 

 

 

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